前回#6-A
そして、僕の知らぬところで事件は起きた
ある日、お手洗いで顔を合わせた白田くんと店長
そもそも、そのような場で目上の人間に接触を試みること自体あれなのだが、彼らはそのような細やかな気を配れる人種ではなかった
「あ、店長、この前のイベントは活況でしたね!以前、主任さんが企画したイベントと比べ…」
「うるさい!!」
「前々から言おうと思っていたが、君たちにそのようことな心配をしてもらわなくて結構だ!!!」
ドア近くのスロットコーナーにいる人間も聞えるような剣幕で怒鳴る店長
店長が出て行った後も、白田くんはいまにも泣き出さんばかりにその場に立ち竦んでいた
「おかしい、なぜ、ぼくらが嫌われるんだ、そんな筈はないのに」
翌日もノッポさんは僕の横に来て、いつものようにあたまを抱えていた
ただ、その日からは、顔の上半分を覆う僅かな指の隙間から、それを聞く僕の様子をじっと窺うようになっていた
そして、数日が経過したころ、いつもの様にぼやいたあと、しびれを切らしたのか、確信を得たのか、とうとう最後の一線を越えてきた
「あの、ぽちさん、ちょっと外で話が出来ませんか」
「へ」
僕はノッポさんのあとに続いて店を出た
平日の閑散とした町並み、通りからも店の裏口からも離れた第三駐車場
時刻は昼の二時過ぎ、昼食も済ませて犬も寝転ぶ穏やかな日差しのなかに、リアルカイジのノッポさんと、調子くれた元祖ニートの自分のツーショットは非常に浮いていて、いかにも滑稽だった
何ともいえない中途な場所に連れてこられ、ノッポさんの緊張した面持ちをみて、鈍感な自分はそのときになって、やっとただ事ではない空気に気付く
「な、なんなんすか突然」
「いや、おかしいんですよポチさん」
まるで、あくまでも白を切る犯人に、とぼけた表情で追い詰めていく探偵さんのような表情である
「この前のことなんですが、ウチの白田のやつが店長と少しもめましてね」
「はあ」
そこではじめて店長と白田くんの間で起きたことのあらましを聞かされる
「はあ、そんなことがあったんですか」
心情よりも驚いた表情を顔にこしらえながら、僕は想像する
彼らの行動や言動、店長の性格、今までに起きたいくつかの出来事、頭の中でそれらを組み合わせると、さほどの時間もかからずに、さもありなんとの答えが出た
「で、ですね、ぽちさん」
「はあ」
「これって、おかしいと思いませんか」
「は」
「だって、ですよ、本当に突然なんです」
「おかしなことを言うようですが、店の人間と仲良くしようというのは、個人の意思ではなく、僕の指示なんです」
「なもんですから、その日その日メンバーが店の人間と接触した日にはすべて、僕のもとに報告がくるようになっていたんです」
「そして、あの日の出来事は、報告をすべて時系列順に並べて、俯瞰的に眺めてもありえないんですよ」
「どうしても、あの日の店長の態度だけが浮いてしまうんです」
「おかしいと思いませんか」
「それで僕らは考えたんです」
「僕らと店長との間に、僕ら以外の何かがそこに加われば起りえることだと」
「そして、ひとつの仮定に辿り着いたんです」
「その一つのピースをはめ込むことによって、今まで、接触を試みて一つ一つの選択がすべて裏目にでてしまったのも、今回起きたこともすべて偶然ではなくなるんです」
「ぽちさん、あなたは僕らのことを邪魔に思い、何か悪い印象を与えるようなことを店長に言ったのではないですか」
「店長にそのような事を伝えるには、まず僕らのことをよく知っている人間でなければ不可能です。そして、そのようなことを信じさせるほど店長と仲の良い人間にしかできません」
「もう一度聞きます。ぽちさん、おかしいと思いませんか」
絶句とはこういうことを言うのだと思う
僕は、自分をとりまく環境を常に把握し、起りうるトラブルのすべてを想定していなければ気の済まない人種である
正確かどうかは別として、いつだって想定外の出来事を潰すべく、トラブルの種を探している
ただ、探す本人がポンコツだと、ここまでその種が大きな花を咲かせるまで気付かないのだから、馬鹿の考え休むに似たり
僕はただ休んでいたのと同様のことをしていたようである
こんなおかしな発想と、ずっと並走していたにもかかわらず、こんな遠いところのゴールに辿り着くまで気付かないのだから、我ながらあきれ返ってしまった
そんな呆然とした僕のことを遠い眼をして眺めているノッポさんに気付く
なんだか、すべてが滑稽で馬鹿らしくなって、そして笑えて…はこなかった
そりゃそうだ、ぼくはノッポさんと自分を少なからず重ね、嫌味でも謙遜でもなく、自分の上位互換として眺めていたのだから
なぜノッポさんほどの人が、こんな馬鹿げた間違いを、と悔しさに似た気持がこみ上げてくる
ここまできては、今までのようなその場しのぎの説明では、ノッポさんを誤解を解くことは不可能だろう
観念した僕は、それを一つの契機にするように、大きく息を吸い込む
そして、ここにきてはじめて、ノッポさんにまっすぐ視線を返す
「あのですねノッポさん」