身内の開店で他店で打つことに馴れてきたポチは、モナミでの朝一のサービスタイムが抜けたあと、12時開店や15時開店の店に並ぶ生活が始まった
最初は恐る恐るだったものの、徐々に感覚は麻痺してゆき、東京の西から近場の埼玉の店まで範囲を広げる
平日の真昼間、地元の年配の方や、職業不明のおじ様などの列の中、意味不明のドッグフード柄のTシャツに汚デニム、煙草とライターをポケットに、カバン一つ持たずに鼻をほじりながら並んでいるポチ、自身が浮きまくっていることにまったく気付いていなかった
大きい開店であれば身内の誰かと並ぶところだが、皆一流の方々ばかりなので、そうそうポチのように毎日あぶれるわけではない
連日モナミで無制限を引けずに、二週間丸々開店廻りをしていたとき、その日の開店は当時では珍しく並んだ順ではなく、抽選順(※3)だった
今までならば、列の後ろの方に並び、開店屋さんが高日当台を押さえている中、ただ回るだけの低時給セブン機などを打っていたはずだが、抽選によって若い番号を入手したポチは、何も考えずにスキップしながら権利物を押さえたのだ
「おう、にーちゃんはサーカス押さえたのか。若い番号当ってよかったな」
一度も話したことのない、いかにも、なお兄さんが話しかけてくる
「あ、はい。権利物の方がおいしそうなんで押さえちゃいました」
事の重要性を理解できておらず、てへぺろ的な返しをするウルトラぱーのポチ
「そうかそうか。ところで、おまえ、昨日○○の開店にもいたよな。どこの会よ。話聞きたいから、ちょっとこっちへ来い」
「…え、いや、あの、………え??」
※3
当時の開店は抽選どころか、整理券もなく無法地帯そのもの
どこの開店でも、先頭付近に並んでいるデビルマンのような目付きをした若いお兄ちゃんのもとへ、
「おー、おまえこんなところで何やってんの」「お~○○ちゃん昨日はどうだったよ」
と、仏陀かこの人かってくらいのグリングリンのパンチパーマのお兄さんらが、道でばったり出くわしたかのように世間話が始まり、そのまま自分の前に並ぶなんてことは当たり前だった
ヒドいところだと、そんなカモフラージュすらなく
「おーう、おっかれちゃん」「おーう、おっかれちゃん」
と次々とそのお兄ちゃんにライターや、煙草を渡してゆき、並び始めは3番目だった順番も、2時間並んだ末に12台の新台すべて埋まったことを話しぶりから察して、開店前に諦めて帰ることもあった
一般のお客さんでも、入替のときにだけ、先頭のに方に並ぶ常連さんグループのもとに
「おーう、おはよう!○○ちゃん、今日は何打つのよ!!」
と、さも親し気に接してくる名物おじさんが、どこの店にも一人はいた
当然、そのまま先頭グループに居座り、新台を押さえるのだが、後日、常連グループの誰かしらが、「あの、おじさんと誰か仲良くなったの」と聞くと、全員そろって横に首を振るのが、一連の流れである
そのような話は笑い話にできるが、並ぶ場所も決まっていない開店も少なくなかった
そうすると、店の入口には扇状に人間が大挙し、シャッターが上がってゆくタイプの店では、五十センチも隙間が出来れば、飛び込むように、それを潜って入店したりしていた
両開きのドアでも、店員がカギをはずした瞬間に、我先にと、横から、後ろから、皆が皆を押しのけるようにして入店する
押される、蹴られる、踏みつぶされる
まさに鉄火場といえるものだった
そんな時代が終わる一つの契機に、ある時、東北の店舗で先頭付近に並んでいたお爺さんが、扇状に並んだ何百人という人間から圧され、入り口横のガラスの壁を突き破って亡くなってしまうという、悲惨な事件が起こった
それまでも、パチンコ店での殺人事件や傷害事件などは起きていたのだが、加熱するパチンコブームによって、副次的に起きていたそのような事件が、社会現象として問題視されるようになってくる
そうして、億劫がっていた店側も嫌々ながら対応せざるを得なくなってきた
その対応の一つの形が「抽選順」や「整理券」だったのだ