パチンコ業界が揺れている。カジノを含むIR関連の法案が国会で進む中、ギャンブル場を増やす事に対する社会からの反発の声があがっており、その中で取り沙汰されたのがギャンブル依存症という言葉だ。

 「カジノが増えれば依存症患者が増える」

 「治安も悪くなる」

 「パチンコ屋がこれだけ世に溢れているのにまだギャンブル狂いを増やすのか」

 これらは一見、至極全うな反論だ。だが、そもそもギャンブル依存症とは何なのか。そして本当にパチンコ業界がギャンブル依存者を増やしているのか。その実態をギャンブル依存症問題を考える会の代表理事である田中紀子氏に聞いた。(文中敬称略)

ギャンブル依存症問題を考える会

代表理事 田中 紀子 氏

インタビュー日:2017年8月3日

依存症の相談に来る人の割合は圧倒的にパチンコ・パチスロ

-実際に相談に来られる方はパチンコ・パチスロで、という方が多い?

田中 「勿論、その他のギャンブルと重複している場合もありますが、9割以上はパチンコ絡みです。公営ギャンブルがインターネット投票などで気軽になったとは言え、そこには技術的なハードルがある。パチンコ屋はそこら中にありますから、その違いはありますね。」

田中 「また、パチンコは皆さんのようなサイトを始め、実際にプロとして勝っている人がいて、“勝てる”と思いやすい為、のめりこむ傾向が強いのも特徴です。」

-であれば、勝てばいいのでは?と短絡的に思ってしまうが……

田中 「それが出来ないのがギャンブル依存症です。皆さんみたいなプロのようにどこまで打つとかのルーティンを自分で守れない。トコトンまでやっちゃう。だからギャンブル依存症は自分の意思ではやめられない病気なんです。」

-そういった方達はどのような相談をされに来るのですか?

田中 「相談に来るのはほとんどがご家族です。ご家族は切実にお困りになっていますが、本人の相談はただの愚痴のような話もあるし、お金を何とかして、なんて話もあります。」

-そこからの支援というのは?

田中 「まずは状況を把握して、その方達に合うサポートを行います。家族が安全に暮らせるようサポートしたり、本人に一時的に入寮してもらう場合もあれば、仕事を紹介したり。自立できるようなサポートをしたりですね。」

-仕事の紹介というと?

田中 「本人が回復後、ギャンブル依存症であることを了解した上で、雇ってもらえるところを探したりですね。考える会と連携してくださっていて、例えば、お金を触るような部署には配属しないとか、自助グループに参加できるよう残業を調整してもらったりといった協力をしてもらっていますね。」

田中 「ただ、そうしてギャンブルから単に離しても全てをコントロール出来るわけではないので、そこはお金の管理の仕方も含めてサポートします。また、ギャンブル依存症単体ではなくその他の障害を同時に持っている方もいるので、そういった場合には専門の医療関係者とも連携を取りながらです。」

 

現在は対策がほとんど打たれていない

-では、現状そういった依存症の方達へはどのような対策がなされているのでしょうか

田中 「まず予防教育についてですが、海外では子供たちや学生向け、企業向け、アスリート向け、など幅広い層へ向けての予防教育のプログラムが実施されています。本来、依存症対策は本人よりも周囲の理解の方が大事で、身近な人がギャンブル依存症かも、だとしたらどうすればいいのか、というのを正しく理解すべきなのですが、日本ではほぼなんの手も打たれていないのが現状です。」

-なぜ日本では進まないのでしょうか?

田中 「パチンコ業界が協力してこなかったからじゃないですか?(笑)海外ではギャンブルを運営している会社がお金を出して対策しているし、収益の中の何割かを依存症対策に使う事が法律に明記されています。ただ、日本では公営ギャンブルを例に取るとテラ銭の25%の内10%が福祉に使われているが“広く公益に基づくもの”となっていて、そのお金が依存症対策には回っていません。」

田中 「パチンコ業界もRSN(リカバリーサポートネットワーク)をやっている事を言い訳にして、警察庁もそれに同調している。でも、その程度じゃ依存症対策なんて全く進まないです。公営ギャンブルにしてもパチンコにしても、依存症対策をやれば自分たちの売り上げが減ると思っていて、パチンコの場合遊技という建前もあって、これまで依存症対策に本気で取り組んでこなかったんだと思います。」

-海外とは法律から違うわけですね

田中 「そういう意味では官僚にも問題があります。パチンコは警察庁、競馬は農林水産省みたいに縦割りで分かれていて、横断的にギャンブル依存に取り組むシステムが無かった。個別にやっていれば各省庁は自分たちの売り上げをあげる方にばかり一生懸命になるわけで、ギャンブル依存症対策の横断的組織は必要だと思います。」

-作ろうという動きはある?

田中 「IR推進法が通過した、それに合わせて内閣官房に本部を作り、ギャンブル依存症対策法案を作ろうとしています。そういった動きが出てきた事は一定の前進ですね。」

田中 「ただ順序がおかしくて、推進法が成立して、実施法を練っている段階で依存症対策法案も作ろうとしているもんだから、ヤッツケ感は否めません。その中身についてしっかり話し合って欲しいし、その過程で私たち民間の支援団体や実際の経験者の話を活かして欲しいと思います。」

 

警察庁の規則改正はトンチンカンな内容

-依存症対策が叫ばれる流れの中で出てきたパチンコ・パチスロの今回の規則改正の内容についてはどう思われますか?

田中 「そもそもなぜ警察庁が独自にこういうものを出してくるのかも分からない。ギャンブル依存症対策法案の中で、きっちり他のギャンブルを管轄している省庁と話し合い、私たち当事者やその家族の話ももっと聞くべきだと思います。実際に苦しんでいる人たちが何を求めているのかをもっと聞いて、その上で考えるのが順序だと思いますが、警察庁は私たちの話を聞いてくれないんですよね。」

-依存症対策という観点では、別紙3-(3)「管理者の業務の追加」という一文(※1)がそれにあたると思いますが……

田中 「警察庁をはじめとするギャンブル産業を所轄する省庁の考え方としては入場の時点での規制をやっていれば、水際で食い止める事で依存症は起きませんと言いたいのでは?自分たちギャンブル産業が依存症者を作り出していることを認めたくないのでしょう。」

田中 「ただ、こういう活動をしていると誤解されがちだけれど、経済の事を考えればパチンコに限らずギャンブル産業自体が無くなるべきなんて全く思っていません。」

田中 「しかし、どんな対策を打ったところで全てを管理する事など無理があります。依存症罹患率や実数は数字の出し方で色々と変わりますが、依存症患者は一定数出るものだと正面から受け止め、対策を考えるべきだし、それを減らす努力はし続けるべきという話です。」

-ちなみに対策にかかる予算というのはどの程度なのでしょうか?

田中 「私がよく言うのは50億円。ただ、それはパチンコ業界だけが出せという話ではありません。ギャンブルを管轄している省庁全体で、今回で言えば内閣官房の本部を通じて、その予算を確保するべきだし、パチンコ業界もそれに協力すべき。それを自分たちだけでやろうとして、中途半端な対策になるから非難されるんだし、もっと前からそうしていればここまでパチンコ業界が締め付けられる事もなかったと思いますよ。」

(※1) 改正内容の一つとして国家公安委員会施行規則内、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律施行規則38条に11号として「ぱちんこ屋及び令第八条に規定する営業にあつては、客がする遊技が過度にわたることがないようにするため、客に対する情報の提供その他必要な措置を講ずることをぱちんこ屋等の管理者の業務として規定する。 」という一文が追加されるが、その具体的な内容については業界の自主的な行動に任せているのが現状だ。

 

話し合いに応じない業界団体

-これら依存症対策に関する話を業界団体と話した事はありますか?

田中 「片っ端からコンタクトはしているけれど、全日遊連さんとか日遊協さん(※2)とかは全くの門前払いですね。政治家への献金や、依存症対策とは全く関係ない社会貢献活動に業界は多額のお金を使っているけれど、それでイメージアップしましたか?って言いたいですけどね。」

田中 「工場が出来たら排水の処理に責任を持つように、パチンコ・パチスロがギャンブルである以上、どうしたって依存症は出るんだから、そのケツを拭く事をもっと真剣にやる方がよほど業界の為になると思います。」

-お金の使い道を間違っている、と

田中 「いいようにむしられてるんですよ。業界が(笑)。やるべき事はまず依存症本人は勿論、その子どもや妻などの家族への支援だと思います。そうして依存症で苦しむ人たちを回復させる事にもっとフォーカスする事で、犯罪の抑止や生活苦から来る税金の滞納を減らす事、生活保護費や母子手当などの福祉費を削減する事に繋がる。その方がよほど社会的なメリットは大きいと思います。」

田中 「例えばギャンブラーを親にもった子どもがパチンコ業界のお陰で学校に行けたとか(※)、家族へ支援が届いてカウンセリングを受けられた、とか、場合によっては家族の方が入院しちゃう事もありますからね。そうした直接的な支援をしてくれれば、業界の為に私たちも色々な事を発信出来ると思っているし、業界のイメージアップに繋がるのでは?と思いますけどね。」

-生活保護費の話が出ましたが、日本のカジノは恐らく大阪にまず出来る。東京もそうだが、生活保護費が多くかかっている(※東京が1位、大阪が2位)ような地域にまた新たなギャンブル場が出来る事は様々な悪影響があるのでは?

田中 「いや、それはあまり関係ないと思う。私は全くパチンコを面白いと思わないし、パチンコをやる人とカジノでは客層が全く違うと思います。生活保護の人がカジノで増えるってのはあまりないんじゃないかな。」

-確かにボクは逆で競艇やカジノに興味がありません。ただ、若いころ競馬にハマっていた事もあって、自分がギャンブル依存症だと思う時も多々あるんですが・・・

田中 「全く違います(笑)。以前、セミナーにパチプロの方が来てくれて同じような話をしたことがあるんだけど、その席で依存症の妻全員にそんなんで依存症だなんて甘いんだよと総ツッコミくらってました(笑)」

(※2)

全日遊連・・・全日本遊技事業協同組合連合会。各都道府県にあるパチンコホールの組合をまとめる全国的な連合会組織。

日遊協・・・日本遊技関連事業協会。ホール、遊技機メーカー、販売商社、設備機器メーカー、景品卸、その他遊技業に関連した企業が参加する、唯一の業界横断的組織。

(※3) 2017年2月、返済義務のない給付型の奨学金制度「pp奨学金」設立記念式典が行われた。奨学金の原資は遊技者の端玉・端メダルを寄付する形式を取っている。2018年度の受給対象者の募集方法等については2017年9月に告示予定。

http://support21.or.jp/needsupport/scholarship-pp/

 

パチプロと依存症は全く違う

-ボクの過去の経験として若いころ麻雀をしていて、下手くそなもんでよく負けてたわけです。でも勝てないのにまだ!まだ!とのめりこんでしまった過去がある。ただ、パチンコ・パチスロの勝ち方を覚えて冷静にギャンブルと向き合うことが出来たのには、その過程で得られた自信などが関係すると思うのですが

田中 「ない(キッパリ)。全くありません。みんな万回転さんと同じように初めから上手ではない中で、負けて、考えてっていう過程は辿っているんです。依存症で相談に来られる方もみんな頭では分かっています。でもそのセオリーに従えない。」

-とすると、ことパチンコ・パチスロに関しては“パチプロ修行”のような事をする事で依存症から回復していくなんて事は……

田中 「ありませんね。これは体質のようなものです。同じ量を食べても太る人と太らない人がいますよね?また花粉症だって同じ環境でもなる人とならない人がいる。それと同じように体質・遺伝的なものなので、理屈は分かっていても制御できなくなるのが依存症なんですよ。」

田中 「勿論、世の中にはそれをコントロールしている人の方が多い、でもだからこそ誤解されるんです。逆にパチンコ・パチスロの勝ち方なんて全く知らない人の方が、スっと依存症を理解してくれるんですよね。」

 

私たちを正しく理解して欲しい

-最後に、ボクらユーザーも含め業界に言いたい事があれば

田中 「まずは、きちんと話を聞いて欲しいと思いますね。私たちはそもそもパチンコ業界が無くなって欲しいだなんて一度も言った事はありません。むしろ、産業の発展、経済の発展あってこその福祉だと思っているので、パチンコ業界が儲ける事について何の抵抗感も無いんですよ。」

田中 「ただ、負の側面を少しでも減らす為に私たちの活動に協力してくれと言ってるだけです。一方、他の人たちがパチンコ業界を叩いたり……特に北朝鮮の問題なんかを絡めてパチンコ憎し!”のヘイト的な人たちと混同しないでくれ、と。そういう人は私たちにとっても迷惑なんですよ。」

田中 「だから、今の流れの中で業界が攻撃されている理由は、ギャンブル依存症がフォーカスされたからだけど、その叩いてる意見全部私たちが言ってるわけじゃない。業界から“あの野郎”なんて目で見られていますし、敵対しているように見えるかもしないけれど、話し合うことで双方メリットがあると思っています。」

-とは言えパチンコ業界としては依存症患者が減る事は自分たちの懐を痛めると考えているのでは?

田中 「よく考えてみて下さい。依存症患者と言っても一番多い数字でもたったの5%で、その他の95%は適正に楽しんでいるわけですよ。その5%を減らしたところで産業自体は揺るがないし、先ほども言った通り、自分たちのケツをしっかり拭く事で業界のイメージを回復して、95%の母数を増やしていく方がよほど業界の為だと思いますよ。」

田中 「あと、私は自身が競艇で依存症になった人間ですから、むしろパチンコ業界は可哀相とすら思っていますよ。これまで他の公営ギャンブルは特例法でホワイトなところをパチンコだけ勝手にグレーゾーンにされてきて、IRでカジノが出てきたところで後追い的にスケープゴートにされていますから。」

-そもそも公営ギャンブルの方が掛け金の上限もないし、競馬でも宝くじでもどんどんギャンブル性は上がってますからね

田中 「そうでしょ?だから私は以前、ギャンブル依存症対策のプロジェクトチームに参考人として呼んで頂いた時に、競艇の事を一番例に挙げて言ったんですよ(笑)。自分たちはまるでホワイトで、競艇依存症はいません!みたいな顔してるけど、ここにいるんですけど!みたいな(笑)」

-確かに(笑)、でもそれ怒られませんでした?

田中 「盛り上がりすぎちゃって、先生方も笑ってバンバン質問飛んできちゃって、本来の時間より長く喋っちゃいまして……公営ギャンブルに関わり深い先生は苦々しく思われてたようですね。」

-ええと……くれぐれもお体にはお気をつけてください(笑)

田中 「色々な人に言われます(笑)。本日はありがとうございました。」

 

―― 実にエネルギッシュな方だった。時折ボディランゲージを交えて表現しつつ、勢いのある口調で現状を語ってくれた。「この後、千葉で支援者との会合なんです」と最後は颯爽と去っていき、うっかり写真撮影を忘れてしまったくらいだ。自身がギャンブル依存症であった過去を持ち、そして現在当事者たちと身近に関わっているからこそ分かる話があったし、そこには説得力がある。また、パチンコ・パチスロ業界に対するメッセージが多分に含まれていたように思う。

 一方、田中氏はギャンブル依存症を研究する専門家でもなければ、精神科の医者でも業界関係者でもない。それ故、業界から軽視され、誤解されている面もある。「業界がいいようにむしられている」という話があったが、これが「考える会にむしられる」に置き換わる。そう考える人がいてもおかしくはない。

 しかし、取材を通じて見えてきたのは、これまでRSNを始めとする業界が行ってきた依存症対策は、現場の求めるものとは異なっているというだ。そのすり合わせは双方の連携でより良いものに出来るのではないか。win-winの関係を築けるのではないか。そんな思いと、そう簡単ではないのだろう、という思いが今ボクの中に混在している。

 いずれにしても、行動を起こす者、そうでない者がいる中で、田中氏は前者の道を突き進んでいる。そして、こと依存症対策については後者と見られてきたパチンコ業界は、否応なしに変化の時を迎えている。規則改正を契機とし、どのように変わっていくのか。その中でギャンブル依存症を考える会のような民間団体とどのような関わり方をしていくのか。引き続き注視していきたい。

 

取材・構成 万回転

※当シリーズでは業界関係者・一般ユーザーを問わず広く意見を集め、今回の規則改正を多視化する事が目的です。「物申したい」という取材を受けて下さる方を常に募集しておりますので、その際は当記事コメント欄まで連絡先を添えて是非ともご連絡下さい。(コメント承認制の為、連絡先等が表に出る事はありません。改めてこちらからご連絡を差し上げます)

安田一彦’s EYE

ギャンブル依存症というのは、立派な行動障害として認められているのが現在だ。
となると、患った人や周りに患った人がいない人間には、なかなかその深刻さがわからないもの。
実際、自分も「大変なんだろうな」との程度しか感じられない部分があった。それが今回の規制を通して、より身近になったのは良いことだと思う。

依存症対策は出玉規制で終了でいいのか? 今後も継続して具体的な方法論や予算、公営ギャンブルとの整合性を取るべきか? などなどは警察庁や業界、末端のユーザーまで含めて考えていくべき事案でしょう。
今回の取材には同席しなかったので言葉の細部・深部までは分からないものの、田中女史の言葉にからは、彼女の団体に対し業界側が拒否反応を示している事も見てとれる。だが、彼女は依存症の治療、患者の減少を願っているわけで、(できれば自らの手でその対策を担いたいとしても)結果としてそれが実現できればよいはず。
そんな意味では彼女が声を上げたことは世間の注目を集めた貢献度も含めて、私は大きな意味があると考えています。

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田中紀子著 ギャンブル依存症