筆者がよく行くホールの店内では、ジャズ風にアレンジされたジャグラーの曲がよく流れている。北電子さんが提供してる店内BGM用の公式素材なのか、あるいはサントラなのか分かんないけども、まあ四六時中掛かってるので知ってる人は「ああ、あの店か」となるかもしれないし、また筆者が知らんだけでこれは色んな店で使われている曲なのかもしれない。

とにかくだ。ついさっきも「Sひぐらしのなく頃に祭2 カケラ遊び編」で1,500枚くらい浮かしたあと、そろそろ帰って仕事すっかなぁと言わんばかりにメダルを流しカウンターに向かう途中、勝利の一服をキメようと喫煙室に向かったのだが、その、アクリルに囲まれた8畳くらいのやや広めの空間に入った瞬間、怒声が聞こえたのである。

「オメェ馬鹿じゃねぇのかヨゥ! だから言ってんだろがヨゥ!」

見ると、リュックサックを背負った親父がなにやらケータイに向かって叫んでいる。ちょっと気になったけど気にせず最奥のスタンド灰皿の場所に陣取る。だだっぴろい喫煙室に、利用者は筆者と親父のみ。なんしとんコイツと思いつつその背中を見ながらヤニを食らう。ニコチンが血中に溶ける。くらりと勝利の味がした。

「あんモォ前! 何いってんだァ馬鹿この! いい加減な事してんじゃねぇってゆってんノ! 税金で! 馬鹿野郎ラマァ!」

……税金で?

紫色の煙を吐きつつ、ヒートアップする親父の背中を見守る。右手に持ったケータイを耳に充て、左手の指先はピースの形にピンと伸ばされている。ギリギリまで吸ってチビた煙草。何をそんなに怒っとるのか知らんが、税金という単語が気になった。

「テメェ馬ァ鹿コノ! んな電話してきても取れねぇナラマ、オマ、取れねぇんだかルァマ、コノ! 馬鹿! 税金のオマ、泥棒が!」

呂律が回ってない。もしかしたら酔っ払ってんだろうか。筆者、普段は煙草を3口くらいしか吸わない。4口目以降は美味くないからだ。貧乏人のくせに矢鱈贅沢な吸い方をするもんだと自分でも思うけど、すでにその3口目を終えたとはいえ、この状況は別の意味で美味しいので引き続きスマホをいじりながらその場にステイする事にした。耳に全神経を集中する。

どうやら、親父は役所にクレームを入れてるらしい。最初は何のクレームか呂律が回ってなさすぎて分からなかったけど口癖の如く「税金泥棒」という単語を使ってる所から察するに、滞納した税金の支払督促に対し、忙しいから掛けなおしてくれるよう約束した時間に、相手方が掛けてこなかったとか、そんな感じらしい。マジでどうでもいい話だった。地球の裏側の天気のほうがまだ有益な情報である。

「オレもヨゥ! 忙しいからヨゥ! ンラマ、電話マッテヨゥ、オン! ずっと家に馬鹿コノ、居られる訳がねぇんだろガヨゥ! 責任どうすんだオイ責任ンンッ」

背景では軽快なジャズアレンジのジャグラーの曲が流れている。アクリル一枚を隔てた向こうの沖スロからはキュインキュインと告知音。メダルが擦れ合う金属の音と、ジャラついた玉の音が間断なく響く。

「忙しいんだヨゥ! オレもヨゥ! オマ、ヒマだと思って馬鹿にしてんだろ!?」

……あんた実際ヒマじゃねぇかよ。と思った。そしてそのキレ方はあまりにも無理筋だしマジで差押くるぞ。と。さらにいうと、お前の煙草もう吸うとこないからそろそろ指焦げっからな、とも思った。んでそれらの感情が喫煙室の中のヤニの臭いとないまぜになったその時、筆者の口から発声を伴わない形で「まぁ頑張れ」という、全くもって中身のない感想とも感嘆とも付かない言葉が飛び出した次第。この親父と、その回りを取り巻く環境を全部ひっくるめて、最終的に丸めたのが「まぁ頑張れ」だ。これを食らったら誰だってそう思うはずである。まぁ頑張れ、だ。

その時である。喫煙室の扉が開いて別の小柄な親父が入ってきた。赤ラークのボックスの蓋をあけ、下のほうをデコピンで弾く。ピンと一本だけ飛び出たフィルターを唇でもって咥え引き抜く。ケツのポッケにボックスを仕舞いながら、逆の手に構えた質素な100円ライターで火をつける。頬の筋肉で小さく吸い込み、口を離して肺の奥まで。洒脱な吸い方だった。これひとすじで35年、プロの赤ラーカーといった風情である。感心してるところでどうやら感極まったらしい駄目なほうの親父が

「……ンラマーッ!」

みたいな感じで絶叫する。まあまあの怒声だったので、油断してた筆者もビクッとなった。んでその真横で煙草吸ってた赤ラークの爺様は小さくぴょんと跳ね退く。何事かとクレーム親父を見たあと、説明してくれよといわんばかりに筆者に顔を向ける。ちょうど筆者も2本目に火をつける所だったので、同じラークの箱をちら見せしつつ、ロバート・デ・ニーロみたいに顎を引いて「お手上げ」のポーズをしてやった。

愛すべきパチ屋の片隅の、何の変哲もない、日常の光景である。