釘師という職業に憧れパチンコ店に入店するも釘を触らせてもらえず、悶々とした日々を過ごす中、ある日起こった停電事件を皮切りに釘師への道が開かれた。

夢にまで見た釘師への一歩を踏み出すべく、パチンコ店の勤務が終わると倉庫に居残り練習の日々、まだ一度も営業の釘を叩いた事はなく、いつか訪れる初調整の日を夢見て練習に勤しんでいた。

そんなある日。
海物語の大量導入によって釘調整できる人材が引く手数多との報せ・・・

このパチンコの世界で釘師への扉を開いてくれた某チェーン店幹部≪(松成次長)※以下、次長と呼ぶ)からお呼びが掛かる。

当時、新台を納品したメーカーが釘を叩いてくれるのが一般的だったが、グループ店一斉導入で釘を叩ける人材が足りず、頭数を合わせる為に次長から呼び出された。

グループ全店で一斉導入したのは海物語3Rを300台、権利物の設置割合が多かった自店ではその内の50台を入れ替える比較的大型の入替案件、突如訪れた又と無い釘調整のチャンスに胸が高鳴った。

そして入替当日・・・。

役目を終えたパチンコ台が撤去される頃、トラックに満載された海物語が運ばれて来た。車から降ろされると、それは家を建てる技術を持った大工によって島へと設置されて行く・・・

何故家を建てる大工なのか?それは島の歪みに対し釘師から指示の出た傾斜通りに設置するためだ、最近は自店で台を設置する店もが多いが、当時は大工を使い設置することは珍しくなかった、
それらが終わるとホールコンと接続し、いよいよ釘調整の開始となる。

当時はメーカー出荷時点で釘調整は殆どされておらず、そのまま営業できる状態の釘ではない、当然営業できる釘に調整する必要があるが、その前段階として警察検査を受けるための調整が必要になってくる。

警察検査前にやるのはアタッカーやスルー周りのピッチを整え、道釘、誘導釘、鎧釘などの形や角度を均一に揃える、他入賞は玉ゲージを使い玉がかからない様にするがこちらは板ゲージと違い調整の難易度は高い・・・

まだ初心者の自分には荷が重いと板ゲージを使った簡単な調整を指示されたが、この時すでに板ゲージの使い方はマスターしていたので調整できる自信はあった。

次長  『なんや!結構きっちり叩けてるやないか・・・』

ゆきち 『そうですか♪ありがとうございます!』

次長  『でも新台は釘が戻りやすいからな!気を付けろよ』

次長  『あわてたらあかん!』

次長  『打ち込むように芯を捉えて丁寧に一本づつや』

ゆきち 『はい!』

一通りの調整が終わり玉ゲージを使ったフロック(他入賞)部分の調整を残すのみとなり、玉ゲージの使い方に自信のなかった私は、次長の後ろでその使い方と調整方法を学んでいた。

次長    『どや?釘調整は楽しいか・・・』

ゆきち   『はい!ずっと自分がやりたかった仕事だと思います。』

次長    『随分と練習したんやな~』

ゆきち   『はい!実は調整道具を買って密かに練習していました。』

次長    『そうか!じゃぁフロックもやってみるか?』

ゆきち   『はい!やらせてください!』

それは板ゲージでやった調整とは次元が違うものだった。

当時の板ゲージは1ミリの1/4(0.25ミリ)刻みの調整精度に対し、玉ゲージは1/100(0.01ミリ)単位での調整が求められる。

この道具を使い11.03ミリの玉は入賞口に入るけども11.10ミリの玉は入賞口に入らない調整をしなくてはならない・・・

その差コンマ0.07ミリの調整だ。

その精度は釘を触り始めた人間には相当高いハードルだ、さらに警察検査時に入賞口に玉が入らないと大問題になる。

そんな事だから一台の調整を終えるのに私は20分近くかかってしまうが、次長はものの数分でそれを仕上げて行く、フロックの調整を終了した時点で全50台中、私はたったの5台しか調整できなかった。

警察検査を受けるための釘調整は設置から3時間程度で完成した。

翌日は18時オープン、全台赤字覚悟の出血大サービス予定ではあるが、検査前に釘を大きく開けていると警察からお咎めがあるので、検査終了後に調整をし直す必要があった。

無事に検査は終了し検査官が帰った後に、いよいよ開店仕様の釘に変更していく・・・

その命釘のサイズは親指が楽に入る大きさ、誰がどこを打っても1000円30回以上は回る大開放だ。

調整が終了し一息ついた時、ふと次長の昨日の言葉が気になった。

『新台は釘が戻りやすいからな!気を付けろよ!』

確認の為、玉ゲージを調整したフロックに当ててみるとスカスカの状態、次長が調整した台はキッチリ揃っているのに・・・

自分が玉ゲージで調整した個所は全て元に戻っていた、おそらくコンマ数ミリの調整を気にするあまり、芯を捉え打ち込むような叩き方をしていなかったのが原因だろう。

この時、ひと仕事を終えた次長は警察検査に立ち会いに来た販社さんと喫茶店に休憩に行っていたので、店内には自分と従業員しかいない状態だった。

ゆきち 『よし!この隙に直してしまおう♪』

1台調整するのに20分もかかる人間が、5台の調整を1時間で出来る訳もなく、当然仕事が雑になる。

特に11.03ミリなどホール玉に近い玉ゲージを使用する時は、釘の根元での玉かかりがしやすくなるので要注意なのだが(笑)

その日は、出血大サービスの大盤振舞なので閉店後に修正すれば良い物を、釘を触りたくて仕方なかった自分は調整を開始してしまう・・・

調整を始めると並び始めた常連たちの会話が聞こえてきた。

常連A 『おっ!なんや!あいつ釘叩いてるやんけ~ 大丈夫か(笑)』

常連B 『出世したんとちゃうか~♪』

その常連の会話は釘師に憧れていた自分には心地良く響いた・・・
つい数か月前までは自分はパチプロであり、いま並んでいる常連達と同じ場所にいた。

そんな自分が今まさに憧れだった場所で釘を叩いている、そう思うと嬉しくて仕方なかった。

そんな自分に酔いしれながら釘を叩いているとスグに開店の18時となった。

店内のほぼすべての台がアッ!と、言う間に埋まる。

新台の海物語は満席でスタートだ。

開店から数分後、インカムでが入る・・・

従業員A 『店長~海物語の釘に玉が引っかかりブドウになっています。』

確認に向かうと先ほど自分が叩いていた台の入賞口に玉が詰まりブドウの様になっている・・・

そして追い打ちをかけるように続報が入る

従業員B 『店長!こっちも玉が詰まっています』

自分が調整した全ての台で玉掛りが発生・・・

酷い台はフロックまわりに綺麗なブドウが道釘まで積み上がり、打たれた玉の全てがスタート入賞口へ入る状態(笑)

従業員C 『店長!当たっていない客の玉が増えてドル箱に玉を入れていますけど・・・』

常連客A 『がはは!店長大盤振舞やの~(笑)』

島通路であたふたしている自分に、次長と販社の人がやってきた。

販社   『アレ!釘触りました?』

ゆきち  『いや、あの、その・・・』

次長   『ボケが!要らんことしやがって!釘割ってまえ』

ゆきち  『釘割る?えっ何ですかそれ・・・』

見かねた販社の人が玉掛した台の釘を指で押し広げ修正してくれた。

常連C 『お前が触っていた台、全部玉つまっとるがな~下手くそか(笑)』

それは恥ずかしく一生忘れられない釘調整デビューの一日となった。

その数日後、次長から店舗の移動を告げられる。

次回更新へ続く

※登場人物や店舗名は実名で書くと迷惑がかかる恐れがありますので、全て架空のものを使用します事をご了承ください。

みなさまこんにちは、もう10月も終わり今年も残すところ2か月余りとなりました。
前回から始めたガラスの向こう側へシリーズ第2弾は釘師デビューと言うよりは、はじめての釘調整のお話と言ったところでしょうか(笑)

釘調整に携わる者にとって盤面でのブドウは最大の恥です。

※ブドウとは釘に引っかかった玉をきっかけに、打ち出した玉が連鎖的に盤面内で積みあがって行く様がブドウの房の様に見えるのでそう呼ばれます(笑)

新台の釘は弾性が強く戻りやすいので、調整に入る前に一度上下左右に釘を大きく振ってから調整すると、反発力が弱まり合わせやすくなるのですが、その当時は技術も知識も持ち合わせていないのと、ピカピカに輝く釘や役物に傷を付けてしまうのでは?と、強く釘を打ち込むようには叩けなかったのだろうと思います。

まぁ今考えればありえないミスですが、なんでも最初の頃って視野が狭く気持ちばかりが先行してミスをしてしまうのですよね(笑)

さて、今回の調整ミスが原因となり次長から転勤を言い渡されたゆきちは意気消沈となりますが、釘師への道を諦める事が出来ずに、転勤先で新たな挑戦を始めるのです。

先日、アインシュタインが書いたメモが2億円で落札されたと言うニュース。
そのメモの2枚目に『意志があれば道は開ける』と短く記されていたそうですが、こうして過去を振り返って夢を追いかけた日々を書いていると、本当に意志が道を開いて行くんだな~と改めて思いました。

最近は新たに始めた株式投資も上手く行かず心が折れそうになりますが、この当時の気持ちや思い、努力などを思い出し頑張って行きたいと思います。

それでは今日はこのへんで

 

~ガラスの向こう側へ~ 【第3話】

 

~ガラスの向こう側へ~ 【第1話】