「全然売れないなぁ」 冷凍庫の氷が全く減っていないのを確認しながら、トモミは呟いた。

もともと、以前と比べてお客も目に見えて減り、仕方ないといえばそれまでだが、このお店からコーヒー販売の提携を取りやめされるのも、そう遠くないかもしれない。

コーヒー販売会社と契約し、初めてこのパーラーモナコに来た3年前はまだ、結構お客も多かったし、コーヒーレディは2人態勢だった。

それも今では準備から何から一人でせねばならない。

先輩から教えてもらった、メニュー表を一人一人、顔の前に差し出して周るやり方は、大抵は無視されるが、それでも店内一周したら一人くらいは注文してくれるお客がいた。

それを30分毎に繰り返すだけで、土日などは100杯は売れたものだった。

それが今では店内一周するのにものの10分もすれば終わり、誰も買ってくれない時の方が多い。

30分後にまた周ると、あからさまに嫌な顔をされたり、手で払うお客も出てくる始末。そのお客にはもうメニュー表を出すことはできない。

そうなれば、店内一周なんてあっという間だった。

コヒレのブログを見ると、コーヒーカップに「がんばってください♡」などと書いて親近感を出したりしてることが書いてあったりするが、私はこういうのは苦手。

暇な時間が増えれば、忙しい時には気にならなかった店内の騒音やたばこの煙を一層不快に感じるようになった。

やっぱり私は向いていないのかもしれない。ポットにまだ一杯残ったコーヒーを眺めながら思った。

 

遅めのお昼時、只今休憩中の札を立て、スタッフオンリーと表示された小部屋に入ってお弁当を開ける。

「またあのオヤジや、うっとおしい」コンビニ弁当を食べつつ、田端くんが向かいの山本くんにボヤいている。

「早よ来いや、玉詰まったらどうしてくれるんや。とか、こっちは身体一つだし、分かっててもすぐに行けないことなんてザラなのに」

ふと思い出した。店内巡回の時、お客から空箱を差し出される時がよくある。コヒレである私は、少し頭を下げて逃げるように移動し、お客も少し気まずそうな感じで箱を引っ込める。

随分店員も減ってしまった最近は、コールランプ点いたままの光景もよく見かけるようになった。そんな通路には入りにくく、つい敬遠してしまう。

お客は単に箱の上げ下ろしを要求しているだけ、それなら私だってできる。

お客にとってみれば、コヒレも店員も同じでは? このことを田端くんに言ってみた。

「そーやなあ、そりゃ箱の上げ下ろし手伝ってもらえたら助かるけど、契約にないことだろうし、店長は、気持ちは嬉しいけど、言うと思うけど……ちょっと待ってて」と休憩室を出て行った。

やがて戻ってきて「店長がちょっと来てって」

「えっ?」何か大事みたい、と緊張しつつ事務所へ入る。

こちらを振り向いた、白シャツにスカイブルーのネクタイが爽やかな牧田店長が「俺の一存では決めれんけど、許可もらえたら時給割増するということで、箱の上げ下ろしやってもらえたら」と意外な言葉が。

 

接客は苦手だけど、体力には多少自信があり、ドル箱の上げ下ろしくらい簡単、と思っていたが、実際にやってみるとそうではなかった。

箱置台の上には、飲み物やたばこが所せましと置いてあり、狭い足元、お客の足に当たらないように踏ん張って、隣客にも当たらないように玉一杯のドル箱を持ち上げたり下ろしたりすることは、見た目以上に体力と神経を使った。

これでもか!というくらい山盛りになったドル箱は、大抵下のドル箱も山盛りなので、その上に玉をこぼさずに重ねて置くのは至難の業だった。

改めて、バイトの、特に女性店員の大変さが分かった。

大当たりしてドル箱を下ろす時に、気分の良いお客に売れるチャンスがある、と思っていたが、下のドル箱を上げる時もけっこう売れることは意外だった。

ハマっていて、気分転換の意味があるのかも、と思った。

田端くんから「おかげでもっと早よ来いや。と言われることが無くなった」と言ってもらえたことも嬉しかった。

「私らの仕事を取らんといて」と言われるかもと危惧していたが、杞憂だった。

「トモミちゃん、箱の上げ下ろし、大変でしょ」いつの間にか、渡辺さんがトモミちゃんに変わった。

「きゃしゃだし、すぐ音を上げると思っていたけど、すごい」とも言ってもらえた。

巡回中は、箱の玉の様子から、次の箱が要りそうかを気にしたり、北斗無双という台は出玉が多いので、注意した方がいい、ことなども分かってきた。

その北斗無双の島で、「グッドタイミングや。レーコーありありで」と笑顔で注文してくれるお客が、田端くんの言う「あのオヤジ」だと分かるのに時間はかからなかった。

そうして、お客が呼び出しランプを押して直ぐ空箱を出せるのが楽しくなってきた。

「おめでとうございます。お飲み物はいかがですか」

「がんばってください。お飲み物はいかがですか」

笑顔で言った時、「じゃコーヒーを」と言ってもらえる事が格段に増えた。

箱の上げ下ろしを始めて一か月も経った頃、マリンブルーのネクタイが爽やかな牧田店長からこう言われた。

「いつも、重い箱の上げ下ろしまでしてもらってありがとう。お礼もかねて、もしよかったらこの後食事でも行きませんか」

 

■じゃじゃ流パチンコ川柳

「ハマリ出す ドリンクタイムで 流れ変え」