前回#2-A

ときは2003年、ポチ27歳

JR青梅線、小作駅「アンジェラス」たしかパチンコ30玉交換、スロット等価

もしかしたら、今までのパチンコ生活の中で一番甘かった時期かもしれない

当時のことを今になって知人と話してみると、パチンコならば日当3~5万、スロットならば8~20万、そんな台がゴロゴロしていたと皆が口をそろえて言うような時期だった

そんな景気のよい時代のためか、あらたなパチンコ打ちが蛆のごとく湧き、自分のような出戻り組やベテランさんを含めた害虫は、パチンコ業界を蠢きはいずり、飛び交う万札を必死になって奪い合っていた

今回の話のメイン『ノッポさん』に出会ったのも、そんな当時のこと

服装はその人の知性を顕すと本気で考えていたバカな自分は、その冴えない服装を見て、当初、大した生き物ではないだろうと一顧だにしていなかった

同じ金額を出せば、よほど他人に好印象を与え、色んな側面で利することが増えるのに、なぜわざわざ
と、他人の眼ばかりを気にしていた俗物の自分には理解できなかった

寝ても覚めても、ただただ勝つことだけを考え抜いて、それ以外のことには一切興味を示さない、そして実際、圧倒的な結果を出し続ける、そのような傑物が存在するのだった

あとで、簡略した実例を出して説明するが、彼らとつるむようになってからは、『勝つこと』に対して、より多角的な見方、そしてアプローチの仕方を僕自身学び、考えるようになった

ノッポさんの第一印象は、自分よりか年上にも関わらず、やたらと平身低頭に接してくる人を馬鹿にした男だなというもの

「いや、ポチさんは僕らからしたら先輩に当たりますから敬語は当然です。パチンコでどのようにして勝つのか、その姿を見て日々勉強させてもらってます」

こんなふざけたことを口にするその顔に、冗談めかした部分が本当に見当たらないのだから困惑してしまう

いくらなんでも、こんなあからさまなやり方で人を喰らおうとするマヌケがいるのか、余程僕のことをバカだと思っているのか、バカなのか

「あんまり、からかわないでくださいよ」

と苦笑いしながら釘を刺そうとしても

「いやいや、本心からそう思っているんです」

気に障ったのなら謝罪しますと土下座せんばかりの勢いだから参ってしまう

しかし、口にする言葉は平身低頭なのだが、行動自体は無遠慮きわまりないものだった

「おお、ポチさん今日はこの台の釘がアいたんですか」

遊戯する僕の肩に手を置き、ふんふん、なるほど、と釘を動かした部分を確かめるのである

それだけならまだしも、団員を呼び寄せ、

「おい、おまえらもポチさんの打っている台をみせてもらって勉強しろ。ほら頭を下げてお願いするんだ」

と、はじまるものだから、僕は心底当惑して、毎日目を白黒させていた

目上なこともあり婉曲な言い回しも考えたが、それでは、純粋をよそおった狡猾さで本質に気付かぬふりをし、きっと似たようなことをしてくるだろうとの答えに辿り着いたので、そのまま伝えることにした

「ノッポさん。他の人はどうか知りませんが僕は気分が悪いんでやめて下さい」

「ああ、そうでしたか、どうもすみません」

いかにも申し訳なさそうに謝罪していたが、後日からは、気配を消して後ろを通り過ぎるたびに、僕の台のところで速度を落し、懸命に首をのばし、人の頭越しに釘をチェックするようになった

色んな賭け事には精通していたが、パチンコ屋さんでの歴は浅く、またその中でもスロットがメインだったので、パチンコ台の盤面のガラス越しに自分の姿が写っているとは思っていなかったのだろうか

ノッポさんが首を伸ばして通り過ぎ、数分後に団員の一人が同じように僕の後ろで首を伸ばして通り過ぎ、またその数分後には別の団員が同じことを繰返した

僕は、ノッポさんが首を伸ばす姿に目を丸くし、団員が爪先立ちになる姿に気付いて顔の上半分を赤く染め、最後の団員が通り過ぎるころには、頭から湯気が出んばかりだった

意地になった僕が、彼らが後ろを通り過ぎるたびに、上皿に肘を置き、上半身全体で台を覆うように隠していたら、さすがに何かを感じ取ってもらえて、そのような行動はしなくなった

やっと諦めてくれたかと安心していると、用を足してトイレから出た先で、自分が遊戯していた台の前で腕を組んで講義しているのだから、もうお手上げだった

ただ、自分がそれ以上言わなかった一つの理由に、彼らが決してアンジェラスではパチンコを打たなかったことがある

彼らの博徒としてのルールやマナーに沿ったほうが、自分としてもありがたかった

一般的なルールやマナーに沿ってもらって、数少ない良台を異様な結束力を示す複数人を相手に確保することは、考えただけでも吐きそうになるほどの労力を要するのは明らかだったからだ

#3-Aにつづく