広島から上京して2年目。相も変わらず私のメインはパチンコで、たま~にセブン機(現在でいうところのデジパチ)を打つこともありました。
この頃、爆発的にヒットしていたデジパチは以下の通り。
平和「ブラボー」
三共「フィーバー」
大一「アイドル7」
西陣「ターボR&X」「ルーキーZ」
京楽「スカーレット」
三洋「パニック」
豊丸「バックファイヤー8」
正式な機種名は知りませんが、だいたいこんな感じ。ブラボーやフィーバーは大当りの代名詞になるくらい、全国的に設置されたメジャーな機種でした。
当時のデジパチは「30秒機」と呼ばれており、要はVゾーンに入り続けるかぎりアタッカーが30秒×最大10回開くわけですが、打ち出した全ての玉がアタッカーに向かうと仮定した場合には、打ち出し50個×純増賞球12個×10ラウンド継続で、最大約6000個も獲得することができたんです。まぁ、実際には5000個(2.5円交換の場合は12500円)くらいでしたが、アタッカーが開きっぱなしになる絵姿はインパクト抜群で、スロットよりも遥かに人気が高かったように思います。
そんな中で、自分が大好きだったのが豊丸の「バックファイヤー8」。この機種は中央パネルに2個の独立したデジタルと複数のカラーランプが配置されており、デジタルに「88」が揃ってランプが2個「黄色」で停止すれば大当りという、他に類を見ない変わり種だったんです。かつて、渋谷のセンター街にあった「白鳥」というホールで初めて大当りを引いたときは、感動のあまり店員さんがくれたドル箱を落としそうになりました。
この頃のデジパチは、デジタルまたはドラムに777が揃い、さらに上部デジタルに7が表示されて初めて大当りとなる機種が大半(上部デジタルに7以外の数字が止まると中当りで、アタッカーが10秒くらい開放される。他の組み合わせは全て小当りとなり、1秒くらいアタッカーが開く)。大当り確率がいくつなのか知る由もないのだけど(一説によると500分の1だと言われています)、当時のスロットだって大当り確率なんて誰も知らなかったわけで、古き良き時代かなぁ…って感じです。
でもって、この年の私の収支表は以下の通り。
1月 +40,500円
2月 -14,200円
3月 +24,700円
4月 -3,300円
5月 +16,200円
6月 +3,600円
7月 +10,800円
8月 +42,900円
9月 -7,800円
10月 +37,300円
11月 +6,000円
12月 +31,200円
トータル年間収支はプラス 187,900円です。
うん、この頃になると、少ないながら毎月プラス収支を上げるようになって来ていたようですね。頑張れ、自分!