30年以上も打っていると、思い出のパチスロ店がありすぎます。そしてその大半はどこかで断片的にでも書いてしまっていたりします(笑)。

パチ7で、私がパチスロライターになってしまうまでのことを振り返っていますが、そのきっかけは「思い出のホールを書きたかった」という衝動だったりします。我々がパチスロを好きになったこと、好きで居続けられたこと。それは、普段から通えて楽しませてくれる空間があったからだと思っています。

だから私にとって、心に残っているホールは普段使いができる身近なホールなんですよね。いくら勝ったとかではなく、逆に“負けた記憶が多いのに好きだったホール”こそ、思い出のホールではないでしょうか。話としては面白みがないですけど。

面白おかしく書けるのは、一風変わっていたり、激アマなイベントをやっていてくれたホールです。でも、30年以上も打っているとこう思うのです。「それは思い出のホールではなく、思い出のイベントですよね」って。そんなことを考えてしまっていたので、実に難しいテーマだというのが第一印象。簡単なテーマなどないのですが。

しかし、1つだけ方向性があることに気が付いてしまいました。俗に言う“裏モノの館”です。そういうホールでないと存在しないものですから。

尼崎の話は……書いてしまっていますね。では別のところにしましょう(笑)。

○世田谷のど真ん中の裏モノホール

東急電鉄世田谷線。いわゆる路面電車に近く、東京近辺で自動車などの免許をお持ちの方は、教習所の学科で若林踏切の写真を見せられたことがあるかと思います。環状七号線を渡る際には自動車などが通るのを信号待ちしてくれる電車です(笑)。

よって、ここを車で通る際には踏切の一時停止をする必要がありません。下高井戸(京王線と乗り換え)から豪徳寺を経て三軒茶屋(東急新玉川線と乗り換え)を結んでおります。ほぼ住宅街ですが(さすがに”Let’s豪徳寺”に出てくるような豪邸だらけではありません)、途中には世田谷区役所などもあったりします。

そんなイメージでのみ語ると高級住宅街を走る電車ということもあって、パチンコホールは少なめ。終点の下高井戸と三軒茶屋くらいかな。あ、松陰神社にもあったか。しかし、しかし。かつて2007年まで上町という世田谷線のド真ん中の駅、世田谷区役所のすぐ近くに強烈なホールがあったのです。

▲裏モノとメーカーは関係ありません。

2003年のことだったか。雑誌で担当だった『ネオマジックパルサー』の設置店を探していて行き着いたんですが。ELビジョンの履歴を見ると何かがおかしいのです。1G連しまくっているのです1G連が10連続以上とか。これは打つしかありません(笑)。

打ってみるとメイン小役が払い出しの少ないチェリーに変換されていることに気付きます。いわゆるベースカットです。しかし『ネオマジックパルサー』といえばストック放出のチャンスとなる“マジカル10倍ゾーン”だかに必ず突入します。

チェリーが出まくっても騒がしいなと思っていたら、変換されてチェリーになったものではなく、元々がチェリーだったものからしか“マジカル10倍ゾーン”に突入しないようになっていました。普通の台にはないチェリーからのスーン。

そういうことか。履歴を見なくても普通と違うと気付きますわ。ここでしか見たことのない&聞いたこともないバージョンだったのでハウスモノ(全国流通していない、そのホールのオリジナル)だったのでしょう。無名すぎて裏モノページにも採用されませんでしたが。

このホールは何かおかしい。そういう目でチェックしはじめると、おかしな台だらけだったのです。スイカがアツい『タイムパーク』に、1G連しまくる『海一番』とか。あ、山佐の台が多かったっすな。裏モノとメーカーは関係ありませんが。在庫を抱えた販社さんの仕業でしょう。いずれにせよ、通うこととなりました(笑)。

 

世田谷区といえば、お上品な街と思われるかもしれませんが、実情はこうだったんです。下北沢にも祖師ヶ谷大蔵にも裏モノで名を馳せたホールがありましたし、パチスロに関してはアナーキーな地域でした。それも含めて平成初期の世田谷区のパチスロ環境を象徴するホールですかねえ。ひっそり気付かれずにエグい機種を置いているという。

私はまあまあ地元でしたが、ここを知っている人は少なかろう。そう思っていたんですが「あ、そこ行ったことある」と言われたことが一度だけあります。さすが、アニかつ兄さん