俺が住んでいる浅草という街は、控えめに言っても変な人が多い。

 

まあ古来よりギャンブルの街であったり色街であったり、あるいは芸能の街だったりするのでそういう奇天烈な人が多いのも仕方ないんのだけどもね。そんな中で、最近俺が注目している変な人がいて、今日はそのひとの話をしたい。大丈夫。もちろんちゃあんとパチンコにつながる話さ。

俺の家の近所にはアーケード街がある。そこには有名なフルーツパーラーや牛鍋屋さんがあるのだけれど、コロナからこっちからっきし元気がなかったのが、秋口くらいからまた観光客でごった返してる。住民としてはやかましいし通行しづらいしで良い事なんかひとッつもないんだけど、まあ街が賑やかになるってことは俺以外の誰かにお金が落ちてるということだし、それはそれで豊かな話だと思う。なので全然いいんだけどね。

 

不思議なもんで、街が賑やかになると、いままでどこかに隠れてたおかしな人達が、またぞろ、ひょっこりと姿をあらわすんだな。

 

例えばそこには、通行人全員に「100円ちょうだい！」とねだる、腰がダウジングロッドみたいに曲がったおばあちゃんがいる。俺はもう1000回くらい言われてるんで慣れたもんだけど、厄介なのが、そのおばあちゃんが明らかに海外から来た旅行客にまで「100円ちょうだい！」と声をかけちゃうことなんだな。往来してると、時折そういう場面出くわして、なんだかハラハラした気分になってしまう。俺なんか自分が言われるより、他人が言われてる方がムズがゆくて落ち着かない気分になっちゃう。オマケにだ。こと、外国人相手となると、気恥ずかしいような、おっかないような。共感性羞恥がムクムク湧いてきて、逃げ出したくなっちゃう。せめて「1ドルちょうだい！」ならちょっとはマシなのかな。そっちのほうが40円ばかしお得だし、なんとなく恥ずかしくない気がするんで俺も助かる。ウィン・ウィンなんだから、是非そうして欲しい。

 

他にもアーケードの入口から出口まで……どっちが入り口でどっちが出口なのか知らないけど、とにかく南側から北側まで漏れなくチャリンコのベルを鳴らしながら爆走するじいちゃんもいるし、そのチャリンコに体当たりするフリしてゲラゲラ笑うのを日課にしてる危ないひともいる。夏の日などは、ホットプレートみたいに熱くなったアスファルトに半ズボンのまま座って「アチュイ！アチュイ！」とキレてる人までいるし、奇人のデパート。変人のカンブリア大爆発だよ。

 

つい先日。観光客でごった返すアーケードを歩いた。着物姿の若者の集団。バックパックの外国人。人力車。物見遊山の彼らをひょいひょいと避けつつ、パチ屋へ向かう。筆者は「新・遠山の金さん」が打ちたかった。理由は特にないけど、なんだかあの紅白のヒモのギミックに惹かれるものがあり、よし久々に朝から並ぼうと心に決めたものの当たり前のように寝過ごし、気づいたら昼過ぎだった。へへ。全く迂闊な事だ。けど、まあそこそこの数設置されてるみたいだし、どうせ打てるさ……と高をくくって出撃。と、アーケードの出口で、意外な光景を目の当たりにした。

 

あんまり目が良くないけど意地でも裸眼で過ごすという妙な性癖を持つ俺の目には、10メートルくらい先に座り込むジャンパー姿の男の姿が、完全にオランウータンに見えた。

 

背中を丸め、アーケードのど真ん中に座り込み、カップ酒を煽っている。オウノウ。思わず呻いて、それから時計をみた。まだ12時。真っ昼間も真っ昼間だ。旅行客でひしめくアーケード。その男の周りだけポッカリと、モーセが起こし給うた奇跡のように、人波が割れていた。その時点で俺はだいぶその人のことを気にいっていて、すでに遠巻きにして眺める気満々だったけど、彼が発する声を近くで聞いて、いよいよ本格的に飛び上がりそうになった。彼は、道行く外人たちにこう声を掛けていた。

 

「ヘーイ！　アイム、郷ひろみだよ！　オーウ！　郷ひろみ！　ハハ！　分かる？　分かんねーか！　デシシッ！」

 

すかさず横道に入り、スマホを操作する。嫁に電話だ。それ、プルルル。プルルル。

 

「もしもし、どうしたの」

「おい、アーケードに郷ひろみおるぞ……！」

「え、どういう事？」

「いいから。すぐ出てきて」

「えー、日焼け止め……」

「大丈夫。損させない。絶対損させないから。早く……いそいで！」

「わ、分かった」

 

2分後、到着した嫁と遠巻きで郷ひろみ（仮）を眺める。

 

アーハハ！　ゴーゴー！　郷ひろみだよ……！　オレ……郷なの！　イエーイ！　郷ひろみなの！　デシッ！　ズッズッ！

 

「な？　郷ひろみおるやろ？」

「ホントだ……。名乗りを上げてるね……」

「どう思う？」

「いやー……。え、これでわたし呼び出しの？」

「もちろん」

「うそでしょ！　それが一番ビックリなんだけど」

「オレだってパチンコ行きたいのにこんなところで足止め食っとるんだぞ！」

「しらないわよ……」

 

アーケードの横道。薄暗い路地だ。すぐ近くの通風孔から焼肉の匂いがした。横目でもう一度郷ひろみ（仮）を眺める。カップ酒を煽り、楽しそうに通行人に自己紹介する郷。コロナは遠くにあり。いざ、太平の世を謳歌せん。と言わんばかりに叫ぶ郷。郷だよ。郷だよ。ひろみだよ。そのまま十分くらい眺めてると、いよいよポリスメンが来た。

 

「ああ、ひろみ……事情聞かれてるね……」

「警察にも郷だよっていうのかな」

「言ったら余っ程だよなぁ。おまわりさんも苦笑いしてるなぁ」

「平和だねぇ……」

「平和だなぁ……」

 

やがてポリスと一緒に話題の中心が去っていくと、街はいつもの顔色に戻った。郷のいない街。何の変哲もない、浅草の繁華街だ。人並みよりも、心にポッカリと穴が空く。

 

「じゃあ、パチンコ行くぜ……」

「私も部屋戻ってネイルする。ちゃんと勝ってきてよね！」

「わかった。任せい！　ガッツリ勝って、晩飯は……」

 

通気孔から漂う白煙を親指で指して「焼肉にしようぜ」。嫁は「賛成」。

 

P.S.　めっちゃ負けました。