ある朝のこと、僕が毎日打っていた台のレベルの低さにいい加減辟易し(準万年釘)、初心者なりに普段打たない台を物色していると、奥のほうからTさんの尖がった声が耳に刺さる
「おい、ダミ、その台は野島の爺さんの台だから打つんじゃねーぞ」
野島の爺様とは、隠居後、毎日モナミでお昼ごはんの時間まで遊ぶことを日課にしている、ここら近辺の不動産をいくつも所有する地主の爺様のこと
台の前で呆けていると、台のイスを杖のようにしてひょっこひょっこ小さく跳ねるように爺様が近づいてくる
「ん~んぁあ!ら、来週の頭におりゃー法事で出かけっから、そんときなら打っていいぞ!」
僕へ向って縦に出した握り拳の親指部分をグっと持ち上げ、そして僕の目の前の台に無事着席、サンドにお金を入れ始める
「あ、いやいや、すいません、爺様の台だったとは知らなかったもんで、月曜とかも関係なく打たないんで安心してください」
「ん~んぁあ~…あ?」
すでに台に夢中で聞いていません。僕は、クスクスと笑いながらその場を離れTさんのところへ
「あやうく店に居づらくなる所でした。ありがとうございました」
「おう。あ、今日は昼飯一緒に食うぞ、ツワイン(隣接している喫茶店)のランチでいいよな」
と、疑問系の割にはもう台に集中しており、とっとと自分の台に戻れと背中が言っている
なので、ツワインのランチ大歓迎です、と心の中でこたえておいて、その日も結局いつもの14000円あるなしの際どい台と心中する覚悟をきめる。大して回転数も変わりはしないのにガチャガチャとストロークと格闘していると、あっというまにお昼の時間に
喫茶店内の少し奥まった場所にある小さなテーブル、暗めの照明、古いながらも座り心地のよい深めのソファー、Tさんはそのソファーに深々と腰を沈める
胸ポケットから取り出した新しいキャスターの透明の皮をキレイにはがし、噛むようにして咥えられた煙草の先端に、よく使い込まれた銀色のジッポから火をうつす、肺の中をぐるりと一周したその煙は溜息のように静かに吐き出される
「あのな、お前の台にしてもそうだが、この店のルールとして10時半までに店に来い。来なければ、俺もお前の台をとるし、お前も俺の台を取っていい」
「野島の爺さんなんかは足を悪くしてるんだから、開店と同時に後ろから押された日にゃ危なくてしょうがないだろ、だから並ばなくてもいいようにしなきゃマズイんだよ。そうでなくても店に愛されてる常連さんなんだから、なんかあっても嫌われたくなければ余程のことがないかぎりお前が譲歩しろ。一般のお客さんがいなくなったら俺らもおまんま食い上げだ。そうじゃなくとも、あんな気のいい爺さんにイヤな思いさせたくないだろ、だからこれで食っていきたきゃ常連さんにも気を使え、わかったな」
「そっすよね、いや、本当にすいませんでした、そしてありがとうございます。あ、でも僕のような新参には気を使わんくても大丈夫っす。僕はそのルールに沿いますが、少なくとも僕の台に関しては時間とか関係なくいつでもとっちゃって下さい!!」
「ばかやろう、おまえのしょっぱい台なんてお願いされたってとらねーよ!!笑」
「でも、まぁ、わかってくれてよかったよ。おまえがそんなもん関係ねぇと打ちはじめたら、どうやってイジメてやろうか皆で相談するところだったしな」
Tさんは悪戯好きの少年のように白い歯をにっと見せ、さあ行くかと当たり前のように伝票を持って席を立つ
迷惑をかけたのにそれは、と食い下がるも
「バカ、お前、こっちから誘っておいて割り勘なんて、そんな恥ずかしい真似ができるか」
と、本当に困ったような顔をする人だった
#2-aにつづく
懐かしいひと昔の風景が見えてくるようなお話し、とても有意義に読ませていただきました。
これからも、たくさん読ませてくださいね
自分のようなペーペーの文に大変恐縮です
GAROさん、ありがとうございます
励みにがんばりますm(_ _)m♪