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保通協への御布施

第一次の再販を終えても全く鎮火しない北斗の拳フィーバー!さっきもチラッと名前の出た「吉宗」も液晶の品質を上げただけの「吉宗S」を実質再販!スロット界はまさに【北斗吉宗時代】となる。メーカーとして地力があるのは当然サミーで、当時の大都技研は吉宗のヒットで首の皮が繋がったような常態。再販ペースも圧倒的に北斗の拳の方が高くて、何回再販してもすぐに売り切れを繰り返し…再販の度に新パネルにするという遊び心もクリティカルヒット!神がかった売れ方で最終的には62万台という、今後も絶対に破られないであろう金字塔を樹立するに至る。ちなみに販売台数第2位は…この初代北斗の拳が撤去の時に、その後釜として売り出された「北斗の拳SE」で34万台なのだが、設定6でも出ない出玉性能がウケずに撃沈したのは有名な話。まぁ当時はアレなのよ、各メーカーはいっぱい機種開発して、保通協への御布施(1機種180万円)の意味合いも込めてとりあえず検定取るものの、やっぱり「これは面白くねぇww」って分かってる機種はお蔵入りという形で封印してたんだよ。北斗の拳SEもそのパターン丸出しだったのよ?だって検定期間が丸々3年なかったからね。これは検定取ってから年単位で寝かされてた証拠なんだ。

1店舗平均40台以上

4号機末期はほんとに各メーカーのお蔵入り機種が乱発されていて、1番分かり易かったのが山佐。最初から売る気ないもんだから、正式な機種名がめちゃくちゃだった。例えば、販売名称:ジャイアントパルサー(型式名称:エディション2)とか、販売名称:燃えよ!功夫淑女(型式名称:ラウンド1)とか、一目で分かる地雷臭、ロデオの「俺の空」も型式名称はR-Fだったね。そして総じて検定期間が残り1年とか1年半とか。
はいまた話が大きく逸れた!戻すぞ!よくよく考えてみると、62万台って当時のホール軒数が多く見積もって15000だとしても…1店舗平均40台以上設置されてたって事だからね。ハンパない。何軒も「北斗の拳専門店」があったし、人気はあっても生産能力が追い付かなくて26万台に留まった吉宗とは、大きな差が生まれた結果となる。

150万台!?

初代北斗の拳が62万台・北斗の拳SEが34万台と、これだけで100万台に迫る勢いなのだが、さらに北斗の拳SEの後釜として5号機の新型北斗!「北斗の拳天覇の章」も12万台売っている。でもまぁ…SEと天覇は揃って「オマエは北斗を名乗るな!帰れ!」という評価だったんだけどもね。3機種で108万台、そして忘れてはならないのが初代再販時に「CRリンダのどうにもとまらない」か「CRわ。」を3台買えば初代北斗の拳の新パネルを1台買う権利が貰えるといった…あまり大きな声では言えない超絶殿様販売方法による利益。かなーり控えめに推測して、トータルで150万台は行ったんじゃない?当時の新台価格でザックリ計算すると…だいたい5400億円っ!えぐいっ!初代北斗の拳発売から、約4年間に渡る一連の流れでこれだけの売り上げ。そりゃー笑いが止まらんですわな。

店側の天国ループ

初代北斗の拳フィーバーの途中で初めて店長になったナカムラだったが、ホールから見てもやっぱり北斗と吉宗はダントツで素晴らしい機種だった。共通点は「ガッツリ利益を頂いてても稼働が落ちない」という所で、結局これが何にも勝るワケだ。まぁ吉宗はメーカーとしてまだ未熟だったが故にゴトが酷すぎたけど、両機種ともに低設定でも勝手に適度に出るし、それで玉を見せる事もできるから、それ以上に客が突っ込むという店側の天国ループ、粗利のプールができるからイベントで相当ムチャできるようになり、さらに店が盛り上がる。

( ゚Д゚)ええ機械やった。

うまく時代がマッチしたのが大きいから、再来はないと断言できるが…願望としてはまたあんな機種が出てきて、衰退してるパチンコ業界の流れを変えて欲しいね。

※このコラムは遊技日本・本誌からの転載です※

遊技日本さまのご厚意により実現したものです。ご協力ありがとうございます。